多次元世界・それぞれの次元
今回の地球のアセンションにおいて、人類のみが圧倒的にその行程に乗り遅れていると言われています。
全体としてのガイア、それを構成する動植物や鉱物たちは遅れることなくアセンションの行程を進んでいるのですが、人類のみがそれに乗り遅れており、そのために全体のアセンション行程がかなり後ろにずれ込んできていると言うのです。
全ての解釈は、視点をどこにおいて、どういう立場から物事を捉えるかによってガラリとその様相が一変しますので、それをもって人類はガイアの中の落ちこぼれでお荷物的存在と捉える事も出来ますし、人類こそが今回の次元上昇の主役であると捉える事も出来ます。
これだけ自然環境の破壊を重ね続けて、さらには核兵器や原発などで場合によってはガイアを破滅へと導きかねない人類が、今回のアセンションの主役とは人類のエゴではないかと思われる方もいるかも知れませんが、そうではないんですね。
それは、多次元の中において、人間が存在してきた3次元の役割・位置づけにその理由があるのです。
さしあたって私たちが存在している宇宙というのは、7つの次元で捉えることが出来ます。ただ、それが全てかと言うと、私たちとは異なる宇宙も無限に存在しているわけで、さらに上の次元も存在している訳ですが、取りあえず7つの次元を理解しておくとアセンションが理解しやすくなります。
実際の私たちの世界にあてはめて考えると、1次元と言うのは、鉱物や水などが当てはまります。そして、2次元には主に動植物が当てはまるそうです。
これらの存在には自我(エゴ)が無いために、アセンションと言う次元上昇の流れに対しても抵抗が生じないのです。
そして、次の3次元の存在として、これまでの人類やイルカ・クジラが存在して来ました。この次元では強烈なエゴが生じ、自分を世界から孤立・分離した存在として受け止めるようになります。
しかし、どんなに頑張って、それこそ神の力をもってしても、世界から分離し孤立することは出来ないんですね。そもそも私達全てをもって構成されているのが世界な訳ですから。
つまり、3次元というのは、幻想・錯覚に捉われることによって、調和と分離を学ぶための最もハードな次元なのです。
この3次元である程度の学びを終えると、もう少し幻想から目覚めた次元としての4次元の世界が待っています。ここでも3次元と同様に、幻想を利用して調和と分離を学んでいくことになりますが、全ての存在の本質である愛・光、あるいは大いなる全てや神と呼ばれるようなものに目覚め出しているために、3次元のような地獄的な世界よりは幾分まともな世界であるようです。
これまで3次元を経験してきて、分離を当たり前だと捉えてきた私たちの視点から見上げれば、それは夢のような世界であると言えるのでしょうが。
そして、3・4次元が捉われてきた幻想から完全に目覚めるのが、5次元の世界になるそうです。私たちが天国としてイメージしてきた世界とも言えるのかも知れませんね。
ただ、私たちの天国のイメージは、あくまでも3次元的な思考が生み出した3次元的な天国であり、5次元世界の現実とはかなり異なるとは思いますが、感覚的に感じとるには近いものがあるのかも知れません。
ここから上の世界は、物理的な形を選択することも出来るようですが、基本的にはエネルギー的な存在であるようです。5次元の存在たちは、ハイアーセルフ等として3・4次元で調和を学んでいる低次元的な自己の現れたちと調和を共有する事に力を注いでいるようです。
そこから上の6次元や7次元では、意識は集合的でありながら個でもあるような状態になり、低い次元の存在たちが様々な学び・探求を続けていくあらゆる環境をサポートしてくれているようです。
そして、7次元を卒業する時には、この宇宙を抜け出して、これとは異なる1オクターブ上の宇宙的体験を始めるようです。
これらの全てはもともとは1つの存在なのですが、この宇宙に入る時にプリズムを通って多様性を持った多次元宇宙と言う1つの世界として生まれているのです。
私たちはその世界の1つの細胞のようなものなのです。
そして、全体の中の1つの細胞として、ちょうどもっとも困難な学びをする役割を担った時期にあったということなのです。
私たちの身体を例にとっても、手足口頭、頭だけ見ても目耳口鼻等々と、おなじ1つの身体でありながら、それぞれの細胞たちは異なった役割を担っているのです。
従って、私たちは3次元と言う世界を構成しそこで4次元と言う役割を担えるように進化してきたのです。そして、充分に成長した細胞(人)は、今から4次元と言う世界を学ぶ役割へと進化するのです。
私たちは自分を世界から切り離された1つの「個」として考えて来ましたが、こうして考えると、「個」でもありますが、どうように「全(の一部)」でもあるんですね。
私たちは、誰に教えられるでもなく、助け合い支えあいを良い事だと思い、争い傷つけあう事を悪い事だと信じています。それがなぜかと言えば、ただ単純にそれが真理であるからなんですね。
私たちは今は3・4次元の幻想で分離と調和を学んでいますが、実際には常に私達世界は全てで1つの存在なのです。
それが争いあうという事は、右手と左手がケンカをしたり、右足と左足が蹴飛ばしあっているようなものなのです。そして、実際にそうした争いを続けているのが私たちなんですね。
アセンションと言うのは、それに「あ~あ、バカバカしい。」と気付き、仲良く協力しだす事によって、よりそれに相応しい環境へと移行することなのです。
しかし、まだまだ地球人類を経験している細胞(魂)の中には、「俺は右手で、どうしても左手が許せない!」という形で右手と左手の殴り合いを止めない存在達もたくさんいるんですね。
(右手・左手を人種や仕事での役職や性別や年齢やあらゆるものに置き換えてみてください。)
でも、それはそれで問題は無いのです。そうした存在たちは、まだまだそうした学びを欲しているのであり、今後は地球とは異なる3次元の惑星へ転生してシッカリと続きを学び続ける事が出来るようになっているのです。
これが宇宙の懐の深さで、素晴らしいところなのです。欲する存在があるのであれば、キチンとそれに応じた舞台が用意されるのですね。
PS
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