アセンションの時代

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正義という名の免罪符

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みんなの憧れ、正義の味方!その正義の味方同士が多くの民間人を巻き込んで殺し合うのが戦争です。

正義=正しいと思われがちですが、本当にそうなのでしょうか?この世の全ての戦争は、お互いの正義の名の下に行われていると言っても過言ではないでしょう。それは同時に、お互いの悪に対する戦いでもあるのです。つまり、正義とは視点を変えればそのままの状態で悪に成りうるのです。人類は戦争や争いによりその事を証明し続けてきました。しかし、それでも正義とは絶対的に正しいものであり、悪とはその対極だと思われてしまうのは何故なのでしょうか?映画・ドラマ・アニメ・ゲーム等々、その間違った観念を植え付ける材料に事欠かない世間では、それも当然の成りゆきなのかもしれませんが。私が思う世間とは、個別の文化や価値観の中に育った固定観念だと思うのです。したがって、文化や価値観が違えば違うほど敵対する可能性が増すということです。しかし、文化や価値観が違う者を排除しようとする“正義というやり方”は、とても危険なやり方です。それぞれの文化は、違う方法により同じものを求めている。それは平和であり、愛であるはずです。自分たちと違う方法でそれらを求める者達をこの世から排除する資格が誰にあるというのでしょうか?平和や愛を求めることは悪ではないと思うのです。ただ、それを実現するに当たって、それぞれの方法によって効率が違ってきます。私達はより良い効率について話し合い実現するべきではないでしょうか?そのために戦争を選ぶなどとは本末転倒だと思うのですが。ただ、攻められれば守らなければなりませんが。それが自衛隊ですよね。それが軍隊には成らない方が良いと思います。時代が逆流してしまいます。
“正義”って不思議な言葉ですよね。モラルを奮い立たせ力がみなぎる。ただ一方で、それが暴力を容認するための免罪符となってしまう現実があります。そう言う意味においてとても怖い言葉ですよね。

人間の存在意義についての動画です。良かったら見て下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=e8dOEQEj0KA