アセンションの時代

2019年4月以降の主な更新はhttps://sunamibaku.blogspot.com/へ移転してます。

「気」による治療法の探求

正月くらいだったか?、立った子供の手の平を後ろに向けさせてその手の平に「気」を送ってみました。(笑
 
すぐに、送った側の手の平がビクビクと痙攣しだしたのが見ていて解りました。
「解る?」と聞いたら、「ビクビクしてる。」と笑っていました。
 
次に内緒で、頭から気を送ってみました。すると、見た目では解りませんでしたが、子供は「身体がビクビクする。」と言っていました。
 
この子は1年前くらい?に、毎晩イビキが強烈にひどくて心配していたのですが、あるとき寝ているその子の背中に手の平を当てて呼吸が楽に通るようなイメージで気を送っていて、そのまま寝てしまった事がありました。そうしたら、次の日からピタリとイビキが止まって、1年くらいたった今でも寝息はスヤスヤと眠るようになっています。送った気の影響だと証明することは出来ないでしょうが、親子という事でそういった気のやりとりをする上で相性が良いのかなと思ったりもしています。
 
以前、どなたかのブログで、気にも血液で言う「型」のようなものがあって、誰でもやたらに気を送るのは良くない。と書かれていたのを読んだことがあります。その方は、「輸血と同じで」と書かれていたので、まあ、輸血にあまり抵抗のない人にとっては問題ないのかもしれません。
 
私は「血は命なり」という考え方も、それなりに重要で奥の深い真実だとは思っているので、当然ながら輸血は「せずに済むのであれば」しない方が良いと思っています。しかし、本当に困ったときにはありがたく頂戴した方が良いのではないかとも思っていますので、「気」についてもそんな考え方でいます。いや、正確には相手が嫌がればしませんが、遊びなどでも「悪い気(悪意のこもった)」でなく「良い気」であれば良いんじゃないかな?くらいに思っています。
 
ただ、子供についてはもっとも近い型であろうということで、気楽にそんな遊びもしてしまっています。自分の親はそう言った事(気)には人並みの抵抗がありますし(父は人並みを遙かに超える抵抗ですが(苦笑)、知人の人達も普通はそうでしょうし、「絶対的に明確な感覚」があるのでなければ変な目で見られるのがオチですので、「気」については普段は話題にも出しませんが。
 
先ほどの実験は下の子でしたが、先日は上の子が夜に38度超えの熱を出しました。通常ではそのまま2~3日寝込むことが多かったのですが、寝るときに頭に手を当てて「気」を送ってみました。翌朝、その子はケロッとして熱も下がり遊び回っていました。
 
ところが、ここで問題発生です。私の頭がガンガンになりまるまる2日間、うなりながら寝込むことになってしまいました。私は20歳~35歳くらいにかけてかなりの偏頭痛持ちでした。今回の頭痛は久しぶりにそんな感じの頭痛でした。
 
原因を考えてみました。
1.子供のバランスの崩れた気が逆流してきた。
2.自分の気を子供に送ったために、自分の中の気が欠乏しバランスを失った。
3.ただ単に、子供に風邪をうつされた。
 
3の可能性もありますが、ここでは除いて考えます。偏頭痛と風邪の頭痛とでは症状(特に偏頭痛では体温が下がる)が異なるので、今回は風邪などではない可能性が高いと思ってもいます。
 
では1か2かとなるわけですが、実際にはこの両方とも混合であったのではないかと思います。外にある天(宇宙)や地(地球)の気を病人の体内に送り込む。その媒体として治療者の身体を活用するべきだと思います。ところが、今回は天や地の気ではなく、私の体内の気を子供に移す形で行ったために私の体内の気が欠乏しバランスを崩したのではないでしょうか。
 
これまでも軽い頭痛の際や遊びでも、同様に自分の気を子供に移す形をとっていましたが、その際には子供の気が今回ほどには乱れていなかった事や私自身の気の状態も良かったのかもしれません。
 
今度機会があった時には、外からの気を取り込みそれを子供に送るイメージで試してみたいと思っています。
 
今年は4月からキチンと気功での治療法を学んで見ようと思っていたのですが、費用が想定上限の倍以上だったという事で、あっさりと断念しました。その一方で、そうした治療法の書物をそこそこ手に入れてありますので、試行錯誤しながら自分で学んで見ようと思っています。
 
自分の体内で感じる気の範囲が、以前は頭部内が殆どだったのですが、最近は微かにですがそれ以外の全身でも徐々に感じるようになってきました。「気」というものに意識的に関わりだして1年を越えましたが、ここまで徐々にではありますが、特に努力をしなくても止まることなく進歩してきているような気がします。
 
あと、それに関連して不思議に思っていることが1つ。
 
本を読む時の事なのですが、「神示」系の本を読むと勝手に頭に凄く気が集まるんです。「チャネリング」系の本でもそういう感じがあります。ただ、その他の金融・経済・国際情勢などの本を読んでも、殆ど気が集まっては来ないんです。それも読む前からそういったことを意識しての事では無くて、ふと気づくとそういう状態になっています。なぜか解りませんが、結果として不思議です。
 
あと、思い出しました。「手当て」って言いますよね。手を当てる。病気の時など、手を添えたりなぜてもらったりすると心が落ち着き、痛みが和らぐような気がしますよね。
 
それが「基本」だと思うんですよね。菌がどうのとか、薬がどうのこうのと、そういった事もあるとは思いますが、治療の原点は「手当て」にあると思うんですよね。