アセンションの時代

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イメージが現実をつくる?

今日は気功療法っぽい話しです。
 
少し前、長女が頭痛だった時に手のひらを額に当てて、気を送ってみました。気を感じコントロールする事には、まだまだ進歩の余地は大きいと感じていますが、それでも数ヶ月前と比べても格段に進歩している事がハッキリとわかるので、効果抜群の期待をもって手を当ててみたのです。
 
所がさっぱりダメでした。
 
気の流れは確実に強く感じているので、そんなに凹む事も無かったのですが、どうしてだろう?という思いが強く残りました。
 
そして、上手い具合にヒントが寄ってくるんですよね。何で読んだのか忘れてしまったのですが、おそらくネットサーフィンで読みあさっていた記事のどれかにそんな事が書いてあったのだと思います。
 
一般の人々には白い目で見られがちですが、「手かざし」というのは、本来は家庭療法的な「手当て」であり、親が子供の患部をなぜてあげるものが原点とも言えるといえるそうです。しかし、気の力を高めることによりその効果を増し、他人に対してそれを行うときには、身体に触れることによるいかがわしい誤解を避けるために、距離を離して「手かざし」となっているそうです。
 
親が子供の患部をなぜてあげる。直れ直れ、痛いの痛いの飛んでいけと祈りながら子供の回復を願う。それは基本中の基本であり、気の流れがどうのとかいうことはテクニック的な事であり、本質的なものは親が子を思うその気持ち・祈りから発する回復へのイメージなのです。
 
それに気付きました。
 
最近、気を強く感じだしたがゆえに、気というテクニックに走りすぎました。さらには、結果が劇的に現れることを期待して、ちょっとやるだけでパッと直る事を期待して、ちょっとしかやりませんでした。それで、おかしいなぁ?なぜ直らないんだ?と思っていた訳です。これでは直らない訳です。(笑)
 
昨晩、下の子の左脚全体にじんま疹が出ました。上の子は、保育園の頃に青魚を食べるとじんま疹が出たことがありましたが、下の子ははじめてで原因もよく解りませんでした。
 
そこで、今度こそはと思いながらタオルで脚を冷やしながら「手かざし」をしてみました。じんま疹は私も子供の頃に苦しんで知っているのですが、体温が上がるとドンドン出て広がるので入浴後などに出やすいのです。従って「手当て」で体温を上げると良くないので、距離をおいての「手かざし」をしてみました。
 
子供の脚を中心とした気と、自分の気を調和させて、自分のバランスの取れている気で子供の不安定化している気を持ち上げて調和させるようなイメージです。
 
実際には自分の気や子供の気は感じるのですが、その強弱やバランスの善し悪しは感じる事が出来てはいません。その辺は推測からのイメージです。
 
そして、子供の脚がスッキリと活力に満ちて気分爽快になっているイメージで気を送ります。先日、上の子の頭痛の際には30秒くらいやっただけでしたが、今回は瞑想もかねて5分くらいやったかもしれません。
 
濡らしたタオルを脚の上にのせて、その上から気と願いを送りました。
 
子供には、一般的にはこういう手かざしは白い目で見られるから、家の外ではこういう事をやったり話したりしないようにと注意して聞かせながらやりました。(苦笑)
 
多少は治まったかな?と思い5分くらいしてタオルを外してみました。
 
完治してました。(驚)
 
いやー、あまりにも綺麗サッパリ跡形もなくなっていたので、正直驚きました。やっぱり、大切なのは1に願いあるいは祈り、2に活力を思うイメージ力、3に気を感じ送る力。「願い」(祈りと書くと嫌われそうですから)がリアルなイメージ力をかき立て、リアルなイメージを気に向ければ気を感じられるようになってくると思います。
 
つまり「願い」、ストレートに書いてしまえば「祈り」による力なんですね。
 
知ってますか?世界の全ては神の願いから発する思考力によって出来ているんですよ。真理を突き詰めていくと、そこに辿り着くのではないかと思います。それを、オカルト宗教による狂信だと思われる方は、ぜひ現代科学の大黒柱である、物理学、その両輪である相対性理論量子論、あるいはそれを統合しようとする超ひも理論あるいはM理論の「思想」を勉強してみて下さい。
 
数式などを勉強しようと思ったら、それだけに一生を捧げなければならないかもしれませんが、その思想を勉強するくらいは気軽に楽しく学べます。
 
これは「科学」による真理でもあるのです。