アセンションの時代

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「10月22日」とひふみ神示

先日の記事、「ひふみ神示の旧9月8日」http://blogs.yahoo.co.jp/tottokosa/65897691.htmlでも書いたのですが、やっぱり気になるので、今日もまたそれについて書いちゃいます。(笑)
 
ひふみ神示とは神からの預言であり、こういうメインシナリオがあるから気を付けなさいと言う、人類に対する親心からのメッセージだと解釈出来ます。そのひふみ神示の中で、繰り返し強調されている日のひとつが旧9月8日(今年は10月22日)です。
 
日付は繰り返し強調されていながらも、それがいったい何年のその日なのかについてはうたわれていません。
 
上記の先日の記事にも書きましたように、この日から神が交代するような事が書かれています。そして、神が交代する年はと探してみると
 
「新しき御代のはじめの【たつ】の年、あれ出でましぬ かくれゐし神。」
 
しかしその一方では
 
「辰の年はよき年となりてゐるのざぞ」
 
というものもあり、これはこの次元世界からの視点ではあてはまらない。ただ、この神示は多次元に向けて降ろされたものであり、必ずしも全てがこの次元世界に限定された内容ではないという事を考えれば、この世界の映し鏡であり、この次元より立替立直が先行しているひとつ上の次元世界では、よき年になっているのか?
 
その辺の事は勉強不足で良く整理がついていないのですが、何にしてもトータルで何となく感じているのは
 
2012年10月22日(旧9月8日)からこれまで隠れておとなしくしていた神が動き出すのではないかと思います。神示の中ではその神は「大日月の大神様」とされていますが、この日からその隠れていた神の名前が変わったようにも解釈できます。
 
おそらくこれは、地球神である国常立大神がアセンションし第4密度の世界の地球神となっての名前が大日月の大神様ではないかと思います。
 
本来の地球・人類を治めていたのはこの神であったわけですが、日の神と月の神との協議の上の神策として、枝葉の神々にその運営が一時的に任せてあった訳です。
 
しかし枝葉の神々は、すっかりと欲に囚われて世界を荒らしに荒らしてしまった訳です。これは、枝葉の神々を成長させるための親神たちの策であり、そのために与えられた学びの機会であった訳です。
 
私達の魂の多くは、この枝葉の神々に由来するものなのです。
 
今回のアセンションに際して、枝葉の神々にはその本来の目的が明かされた訳なのですが、物欲・権力欲等に完全に染まりきってしまった一部の神々はこれまで演じてきたお役としての悪を捨てられなくなってしまっていたのです。
 
しかし、現在では霊界におけるその辺の問題にも一応の決着がつき、さて上の次元から順に行われてきたアセンションも残すはこの第3密度(4時元界)の人間界だけとなった訳なのです。
 
あっ、ちなみにこの辺の経緯についてはひふみ神示にはあまり具体的には記されていません。それとはまた別の「神霊密書」によるところが大きいです。
 
そして、ここからひふみ神示に戻りますが、最後に多次元的なアセンションを締めくくる意味で人間界のアセンションへと現在動き出している中、この10月22日から枝葉の神々の主導が完全に切り離され、アセンションを遂げた地球神である大日月の大神様がいよいよこの世界を治めはじめるという事なのです。
 
それは惑星的な変動に限らず、人間界においても当てはまる事です。これまで枝葉の神々に由来する魂を持った人々が主導してきたこの人間界でも、これから先は親神達やそれをサポートする立場の神々に由来する魂を持った人々が主導する世界へと大きく転換していくことになります。
 
物欲・権力欲から精神性を重んじる指導者達へとバトンが渡ることになるのです。そのスタートのひとつの候補日として、私が思うには2012年10月22日が当てはまるかもしれないと感じています。
 
もちろん、断言はしません。可能性の1つとしてあり得るという事です。
 
もし、本当に主導権が大日月の大神様に移行したのであれば、ここからはパッパッパと一気にスピードアップすることが考えられます。日の神、月の神による宇宙的・惑星的なレベルでのサポートも次々に始まるかもしません。さらには銀河系中心部からのエネルギー的なサポートは、親神たちのさらに上の次元からのサポートだとも考えられます。
 
ありがたいですねぇ。私達の魂の成長のためにこんなにも多くの次元を越えた神々のサポートが与えられているのですね。
 
問題はただひとつ。私達の内に宿る、我欲に端を発する分離志向なのです。中には学びの機会を演出する中でのお役としての悪役を演じさせられていた魂もあるわけで、私達はそうした魂を打ち倒すのではなく、「抱き参らせる」のでなくてはならないのです。
 
なかなか難しいですけれどね。
 
まあ、人間にさまざまな歴史がある一方で、神々の世界にも同じように歴史があるわけで、私達はそれらを包括する大きな絶対神の一部として個性を持ってこの場を与えられている訳なのです。
 
さて10月22日、この次元世界にも何かが現れるかな?単なる妄想かもしれないし、ワカンナイですけれどね。(笑)