アセンションの時代

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「三位一体」としての人間

両極に「霊・精神」と「物質・肉体」が存在し、そのバランス点として「魂・心」が存在します。
 
単純に言ってしまえば、「霊・精神」が神としての表れであり、「物質・肉体」がその反作用として表れた神のもう一面であり、誤解を恐れずにあえて言ってしまえば悪ということになるのかも知れません。
 
伊勢神宮の石灯籠や、皇室などにも見られる六芒星は、そうした二極が重なり合ってバランスが取れている状態を表しているものです。
 
私たちの個性とは、その両極のあらゆるバランス点の1つとしての「魂・心」に根ざします。
 
アセンションとは、「霊・精神」へと向かう「魂・心」と「物質・肉体」の上昇であるとともに、今回の人類の体験するアセンションレベルの特徴は、これまで分離したものとして捕らえてきたあらゆる二極性を、統一的・一体的に捉える段階への突入を意味します。
 
右手があるということは、左手があるということなのです。
 
+があるということは、-があるということなのです。
 
もしこの世界に+しかないのならば、それを+があるとはいいません。それは何も無いのです。存在とは相反するものがあるからこそ、存在しえるのです。
 
そして、それらの二極性は異なる二つの存在なのではなく、唯一であるものの作用と反作用であり、それらは「呼と吸」「表と裏」のように常に一体として存在しているものなのです。
 
より小さな視点から見たとき、それらは異なる2つであると錯覚するのですが、実は一段高いとこからそれを捕らえれば完全にひとつのものとして存在しているのです。
 
それが今、人類が迎えているアセンションの段階です。アセンションには無数の段階があり、例えばシリウスの存在たちやエササニの存在たちも、地球の人類と同じタイミングでアセンションをしているようですが、同じアセンションであっても、それぞれに段階が異なっています。
 
さらに、地球の場合は惑星地球自体もアセンションしており、もちろん人類と調和しながらも段階としては異なったアセンションをしているのだと思います。
 
多くの地球外知的生命体等が、惑星地球と人類のアセンションに注目しサポートしてくれているようですが、それはあくまでも「サポート」なんですね。
 
なぜなら、私たちは霊的なレベルでは全てと一体的に存在しているのですが、魂のレベルで「自由意志」というものを与えられているのです。そのレベルで合意していればサポートを超える介入があるかもしれませんが、おそらくそこまでの介入にはお互いに合意していないと思うんですね。
 
なぜなら、これは私たちにとってのきわめて貴重な体験だからです。そして、それを観察することが、地球外の存在たちの最高の学びになるのです。
 
それを過剰な介入によって、知っているものがパッパッパと終わらせてしまっては、まるで意味が無くなってしまうのです。
 
だから、私たちがアセンションの中で努力し進歩していく事には意味があり、それは個としての意味には留まらないのです。
 
最近、気の感覚がますます強まっていく中で、まだそれ程頻繁にではありませんが、軽くフワッと貧血のような感覚がくることがたまにあります。貧血じゃなくて、極端に言うと気の感覚に足元を失うような感覚があります。
 
ちょっとだけどね。貧血かも知れないけれどね。(笑)
 
まぁ、どちらであっても、私たちは中々面白いところにいるみたいじゃないですか。
 
精神的な自滅をしている時はまるでダメだけど、基本的にはピンチの連続にも変な緊張感ではなくてなかなかいい感じで気が張っている状態です。
 
状況は最悪ですが、状態は最高かも知れません。(笑)