アセンションの時代

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解ったこと

解ったことがあります。
 
私が龍神などについて、空想ゲームのお遊びだというのには理由があるのです。それを読んだ人に対して、私が龍神に選ばれてこういう経験をしているのだと「誤解」されることがとても嫌だからです。
 
それは「謙虚とは違う」、本音としてそう思うのです。私が選ばれたと、そう「誤解することは危険」だと。
 
それについて、うまく本当の所がどうなのかという事が把握できていなかったのですが、tunakoさんの記事にコメントしたりしていてうまく整理がつきました。最近、ほかの人の記事へのコメントがきっかけで考えがうまくまとまっていくことが良くあります。良い傾向だと思います。
 
私たちは誰もが、自ら選び神に選ばれて、この機会として存在しているのです。
 
全ての人に神や天使達がついているんですね。全ての人の周りに神はその姿を現しているんです。これは間違いないと思います。
 
それでは、龍やその他いろいろな現れ方があると思うのですが、そうした神を見た場合、それらの人とそうでない人との間にはどんな違いがあるのでしょうか。
 
それは単純に各個人の選択の問題だと思うのです。より深いところからそれが存在するのだと認めればそれを見ることになる。存在しないとすれば見ないという事です。
 
神に選ばれたかどうかの問題ではないんですね。全ての存在は、すでに神に選ばれているのです。だから、私たち全てのものは存在しているんです。
 
オカルト宗教家たちは常にこれを間違い続けてきました。「私こそが選ばれた!」のだと。
 
問題は私たち自身が、それを認めるかどうかにかかっているんです。
 
スッキリしました。(笑)
 
昨日で1日でまた、気の感覚にブレイクスルーがありました。やや変化が加速してきているような気がします。
 
私の強みは「常識に囚われない」事です。小学生のころから、常に常識に対して強い不信感を抱いてきたために、常識と言われてもおかしいと思えばすぐに疑問符をつけて自分で考えます。そして、自分が異なる考えを導き出せば、素直にそれに従います。
 
これまでの「常識」は3次元の世界に置いていきましょう。そんなものを強くギュッと握りしめていては、新しいものが何もつかめません。