アセンションの時代

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エネルギーをもって世界を見るコツ

チャネリング情報でよく言われる「光」って何なんでしょうか?
 
これまで、人類は支配的な世界を目指すごく一部の人々の行動によって、地球上の「光」は風前の灯火の状態であったと言われ、現在の地球・人類はますます明るく「光」輝き始めていると言われています。
 
私たちは「光」と言われると、視覚的な輝きにのみ意識を囚われてしまうのですが、チャネリングで言われる光は必ずしもそうした明るさとしての光のみではないんですね。
 
そうした明るさと言う要素も確かに光の大切な要素である訳ですが、私が思うには「光」とは「存在するもの」全てであると思うのですね。そして「闇」とは「存在しない幻想」である訳です。
 
光とは愛であり調和なんですね。そして、闇とは恐れであり分離なんですね。
 
従って、これまで弱肉強食の戦国・戦争の時代や、金融・経済戦争の時代に、この地球上で「光・愛・調和」はまさに風前の灯火でした。
 
そして現在、人々は簡単には戦争の挑発には乗らなくなってきています。私がそれを最も感じたのは、奇しくも最も戦乱を重ねてきた国の一つ「イスラエル」の動きによってでした。
 
これまで世界を手玉に取ってきたいわゆる支配者層は、イランとイスラエルの間に戦争をおこしそれを世界的なものへと拡大させようともくろんでいたようです。
 
ロシアの協力によってイランに建設されたブシェール原発を巡って、イランとイスラエルは本当に開戦直前にまで緊迫していたのです。
 
ブシェール原発の試運転を巡ってイスラエルサイバーテロを仕掛け、アメリカはイランに対して金融制裁を発動、イランはホルムズ海峡を封鎖。
 
イスラエル「政府」は必死になってアメリカを武力攻撃へと説得しましたが、旧支配者層のコントロールアメリカ政府に充分には及ばなくなってきていたんですね。それでもイスラエルは単独でも攻撃を仕掛ける構えでした。
 
しかし、イスラエル「国民」がうなずかなかったんですね。
 
私はこの時、地球上に「光」(愛・調和)が増しているのを確信をもって感じました。第一次・第二次世界大戦のようには第三次世界大戦は起きないだろうと。
 
この流れはシリアでもウクライナでも繰り返されています。シリアでは実際に内戦が起こっていますが、本来であれば地域的な紛争に留まらず、世界へと拡大されるはずだった事を思えばという意味です。
 
どんな時代にも「光」つまり愛と調和を死守して生きた人々がいます。理屈としては立派だが、実際に大切なのはお金や地位や勝つことだという時代が続くなかでも、そうした人々は常に「光」(愛と調和)を灯し、細々とでもそうした光は語り継がれてきました。完全に途絶えることは無く。
 
チャネリングで光と言われれば、それは単なる明かりではなく、愛や調和等々のそうしたエネルギーの質の事を言うんですね。
 
同様に闇と言われれば恐怖や分離と言ったそうしたエネルギーの質の事なんですね。
 
世界はそうしたエネルギーの質の加減によって動いているんです。
 
実際には私たちの目には、世界は物質として映り、社会の仕組みや個々の人々によって動いている訳ですが、結局のところはそうした全てはそれぞれにエネルギーの質を現す単なる象徴に過ぎないんです。
 
例えば殺人犯というのは、基本的には恐怖や分離というエネルギーの質がこの3次元世界に現れたものなんですね。あらゆるものがそうなんです。
 
色々な社会のシステムも同じようなものです。愛や調和的なエネルギーを流すためのシステムもあれば、恐れと分離を流すためのシステムもあります。
 
私たちは表層的な物質の形や感情で世界を捉えてきましたが、より本質的に世界の状況を理解しようと思うのなら、大きくも小さくも光と闇のエネルギーのバランスで見る事が効率的なんですね。
 
実際にはまだ世界には闇のエネルギーの方が多いのではないかと思っています。
 
しかし、闇のエネルギーの質は分離することにあり、光のエネルギーの質は調和することにあるのです。だから、闇の方が多いけれど、光の方が強い。それが現在の人類のエネルギーバランスです。
 
そして、調和する光は2012年12月21日に一定のパワーを超えて、爆発的な増強をはじめたのです。その時点で人類史が始まって以来初めて光が闇を強さとして上回った訳ですが、まさに今の時期にその数においても光は闇をあっと言う間に追い抜き引き離していくはずです。
 
しかし、3次元物理的な世界の捉え方で言うならば、あっと言う間に劇的にという実感は伴わないかも知れません。
 
一般的には混乱と苦闘の数年が今後待ち構えていると、かなりの人々には感じられる期間があると思います。しかし、結局は何をもって世界を見ていくかという問題なんですね。
 
お金や仕事上の地位等をもって世界を見ていけば苦しまざるを得ないという気がします。そういう時代はまさに今から終わるのですから。
 
しかし、助け合う事、より調和的な社会を築くことをもって社会の変化を見ていくのなら、まさに新しい世界の扉が開いていくのを感じられるでしょう。
 
多分。(笑)
 
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