アセンションの時代

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「スケールアップ」と「スケールダウン」

この秋分の日からのエネルギー転換というのは、これまでのなかでもかなり大きな変化であるように感じています。
 
ただ、いつも書いているように、この4年間の間にエネルギー感覚は一貫して少しずつ強くなってきているので、こうした大き目の変化についても、基礎的なエネルギー感覚が常により強い状態になっているので、毎回のように過去最大の変化を更新しているように思います。
 
今回の変化を中心に最近感じていることは、第3密度の五感が捉える世界にエネルギー感覚が桁を揃えてきているという事です。
 
つまり、これまでは五感の捉える物質世界が圧倒的で、エネルギー世界というのは自分が捉えられるものは桁違いに小さく微かな世界でした。
 
例えば随分前から、エネルギー感覚が五感に続く新しい感覚として数えても見劣りしないくらいに強く感じるとは書いたりしてきましたが、五感全体が捉える物質世界とエネルギー感覚が捉えるエネルギー世界とはやはり比較にならないほどスケールの異なった世界でした。
 
つまり、ゼロから出発したエネルギー感覚が大きくなっていくことに興味を持ってはしゃぎながらも、それは五感の捉える物質世界とは比較にならないほど小さな世界でした。
 
しかし、特に先月の秋分の日からの一連の変化でよりハッキリと感じ始めたのは、エネルギー感覚が五感の捉える物質世界のスケールに、肩を並べるとまでは言えないかも知れないけれど、桁を揃えるくらいにまで急接近しているということです。
 
しかし、「感じる」というスケールにおいては、実は物質世界を既に追い抜き始めている部分もあるように感じているのです。
 
ただ、物質世界を捉えるように、細かく具体的に捉えることが出来なくて、ただエネルギースケール的に感じるという大雑把なエネルギー感覚なので、あまり大げさに言えないところですが。
 
そうした2つの世界の相対的なスケール感覚において面白いのは、普通はここまでの記事を読まれた人の多くは「エネルギー感覚がそこまで大きくなった」と感じられるのではないかと思うのではないでしょうか?
 
確かにエネルギー感覚はかなりスケールアップして大きくなっているのは事実なのですが、実はその一方で五感により物質世界として捉えている世界がかなりスケールダウンしているんです。
 
私たちは実際にその瞬間に五感で捉えている世界を物質世界と捉えるのではなくて、マインドが知った全てをもって物質世界と感じている所があります。
 
例えば、いまそこにいる訳ではないけれど、過去に行った事がある所やテレビや雑誌などの情報から知った国や地域までもセットで物質世界だと感じ取ります。場合によっては未来のことを色々と想像し、そうした可能性の全てまでも物質世界だと感じ取ってしまいます。
 
しかし、実際に物質世界という「幻想」は、自らの五感で捕らえて初めて浮かび上がる幻想世界なんですね。自分が今捉えていないものは、可能性のエネルギーでしかなく、物質世界そのものではないのです。
 
しかし、エネルギー世界はそうした可能性や知識をも含めて全てとして存在しているのです。
 
だから、本当はエネルギー世界の広大さに比べたら物質世界は本当に目の前の1枚の鏡のようなものでしかないのですが、私たちの目はその1枚の鏡に釘付けになっているために、それが全てでそれこそが無限のスケールを持っていると思い込んでしまうのです。
 
私も未だに鏡の世界に釘付けになってしまっているようですが、どうもそうした現実に気づき始めているのだと思っています。
 
マインドがそれに気づき、エネルギー感覚としてそれを捉え始める。さらにエネルギー感覚として捉え始めたために、マインドがさらにそれに気づき始める。そんな感じです。
 
そうした視点からは確実に自分は進歩しているのだと思うのですが、今でも時々、不安になったりすることがあると、全然そんな進歩では物足りない、早く進化したいと思ってしまいます。
 
進化が完了してしまえばそれが「普通」の状態になってしまう訳で、不完全さを抱えながら進歩している最中が本当は一番楽しいはずなのですが、まだまだ不完全さの量がちょっと多すぎるようですね。
 
早くもう少し進歩したい所です。そこで、感覚が綺麗に切り替わるような期待感があるのですが、気のせいでしょうか?今のペースなら2~5ヶ月くらいかかる所をサッサと通過してしまいたい気分です。
 
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