アセンションの時代

2019年4月以降の主な更新はhttps://sunamibaku.blogspot.com/へ移転してます。

ネガティブからポジティブへ

さて、今日はみたかさんに頂いたテーマで行ってみます。ポジティブへの転換です。

私たちは基本的に3次元的な分離に基づく世界観を持ってきました。

学校の勉強をしなければ、落ちこぼれて立派になれない。
一生懸命に仕事をしなければ生きてはいけない。

そこに含まれる、勉強・落ちこぼれ・立派・一生懸命・仕事・生きるのそれぞれ全ての言葉の定義まで含めて、分離的な世界観に基ずいてきたんですね。

それら全ての定義を生み出す、もとになっている自分の中の世界観を「パラダイム」と言います。

その中心にあるのは、私たちは不完全で儚(はかな)く取るに足りない存在で、必死にならなければ生存できないというパラダイムなのです。

実際このように言葉にしてみると、「いやいや、そこまでネガティブではないでしょう。」と思いたくもなるでしょうが、実際に私たちはそうしたパラダイムの中で、世界を捉えて生きてきたんですね。

例えば、上に書いた言葉の定義について考えてみます。

「勉強」は知識欲を満たすワクワクと楽しいものなのです。

しかし、私たちは学校から与えられるノルマのようにそれを、頭にひたすら詰め込むことに追われて来ましたよね。それをこなさなければ、生存競争において、不利な立場に追い込まれるからそれを受け入れざるを得ないような状態だったのです。何てネガティブな私たちなのでしょうか。

「落ちこぼれ」というものは本来は無いんですね。それぞれの人はそれぞれに異なる人生と言う経験の道を歩んでおり、優劣を付けるようなものではなく、個性を持った学びなのです。

ところが、私たちは、収入を得るための生存競争において、不利な立場に追い落とされた人々を「落ちこぼれ」として、ネガティブだという価値判断を押し付けます。

「立派」は「落ちこぼれ」の反対で、生存競争に勝って有利な立場に立った人へのポジティブ?な価値判断です。

一生懸命というのは、あえて言えば、ワクワクとする好奇心に集中を高め気分の高ぶった状態がそれに近いと思います。

しかし、やりたくないという気持ちを乗り越えて、周囲から与えられた役割に応えるために無理矢理にそれをやり続けるというようなニュアンスが含まれています。

自分から一生懸命に頑張るのであっても、そこには常に「疲れて嫌だけど」とか、「眠たいのを我慢して」などというように嫌なものを跳ね除けてというようなニュアンスが含まれています。

それがなければ、「楽しくて止められない」「めちゃくちゃオモシロイ」などという表現になるのです。それは、「一生懸命」という表現とは異なりますよね。そこに「嫌だけど」というニュアンスがあるかないかの違いなのです。

このように、私たちは全てにおいて、「ネガティブなパラダイム」を持って世界を捉え、そのネガティブ(と自分で思い込んだ)世界に生きて来ました。

だから、私たちは何があってもネガティブに捉える傾向があるのです。毎日が楽しくてしょうがないという人は少ないと思いますが、毎日が心配と不安でうんざりと生きている人はとても多いのではないでしょうか。

しかし、やがて人々は、毎日の不安と心配に心底うんざりとするんですね。もんもんとそう思うのではなく、心の底から絶叫するほどにそう思うときが来るのです。

そして、変わろうと思った人達は、暴走して犯罪や自殺に向かうか、自分をポジティブに変えることに注力するかになるのです。

実際には、既にポジティブへ向かっている途中で、ネガティブへの決別を絶叫したくなるような状態を経験するのが一般的だと思います。

絶叫したくなる状況で、ポジティブへ向かう糸口を掴んでいない人は、暴走して犯罪等へ向かう傾向があるのかも知れません。

そうして、常に物事に対してポジティブに受け止めるということは、個別の物事1つ1つに対する考え方を試行錯誤するのではなく、そうした解釈を生み出している、自分の中の世界観(パラダイム)を切り替えなければならないのです。

つまり、分離に基づく自分の世界観を、調和に基づく世界観にパラダイムシフトしなければなりません。

しかし、パラダイムと言うのは、自分の中の常識であり、常識を自ら覆していくというのはかなり手こずることになりやすいです。

枝葉となる出来事をいちいちネガティブからポジティブへと切り替えるのではなく、根本的な幹となる世界観そのものをネガティブからポジティブへと切り替えるのです。

そうすると、次から出てくる枝葉は、自然と全てがポジティブになるのです。

ただ、幹となる世界観を切り替える前後には、しばらく個別の枝葉を全てネガティブからポジティブへと切り替えようと努力する時期が必要になります。

テーマをくれた、みたかさんも、もしかしたら現在この過程を経ているところかも知れませんね。

幹となる世界観(パラダイム)をシフトする前には、その下準備として個別の価値観の切り替えを繰り返し学ぶ必要があり、その学びを経てパラダイムをシフトした後には、これまでのネガティブに捉える癖を完全に取り払って、新しいポジティブなパラダイムによる日常世界の解釈を定着させる必要があります。

私はこのブログの中で、パラダイムシフトを特に重要な課程として取り上げて来ているのにはそうした理由があるのです。

ブログ内を「パラダイムシフト」で検索していただければ、パラダイムシフトに関する記事はいくつかあるのではないかと思います。もし良ければ参考にしてみてもらえると嬉しいです。

また誰でも、関連で何かあれば、気楽にコメントしてください。
 
 
イメージ 1
 ← よろしくね。
 
 
過去記事