アセンションの時代

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勇敢なる「光の冒険者」

私たちは多次元世界において、ある専門分野のスペシャリスト達だと言えます。

それは、「分離と制限」に関する専門課程を習得している、多次元宇宙でも稀に見るほどの特殊なスペシャリストなのです。

多くの高次元の存在達は、「エゴ」や「競争」「制限」「分離」と言うものが良く解っていません。

私たちは本質的に大いなる調和的存在であり、愛・光こそがその源となっています。

従って、その対極、つまり唯一の存在である愛と光の波動が弱まり、その性質が極限まで薄められた「分離と制限」の世界と言うのは、存在する全てを生み出している愛と光の表れ達にとっては、「未開の領域」なのです。

私たちはその未開の領域まで冒険してきて、そこからもと来た場所、つまり究極の愛と光へと戻る過程で闇(光の薄い状態)から光へ至る道のりにどういった世界が隠れているのかを探求しているのです。

私たちは、大いなる冒険家であり、霊的存在として到達できる次元として最も秘境にあたる3次元にまで乗り出してきたのです。

そして、多くの高次元の存在達がまだ知らない、「エゴ」「競争」「孤独」などの「分離・と制限」の世界を探求しているのです。

私たちは、そうしたネガティブな世界を探求するために、その中に経験を持って入り込んでしまっているので、自分たちに対してとてもネガティブになっています。

また、一方ではそのネガティブに完全になりきって、エゴによる「傲慢」にさえなっていることもありますが。

しかし、私たちは本質的には、落ちこぼれでもなければ、レベルの低い存在でもないんですね。私たちこそは、究極の「分離・制限」世界を探求している、大いなる冒険者たちなのです。

それにも関わらず、私たちは弱く劣った存在で、アセンションと言う上昇気流に乗りこぼれないように必死になってしがみつかなくてはならない存在であると、心底ネガティブになりきってしまっているのです。

しかしそれは、私たちが落ちこぼれだからでは無く、真の冒険者であるからだということにそろそろ気付いても良い頃なんですね。

そうした頃合を知らせるのが、アセンションという多次元世界を吹き抜ける上昇気流なのです。

それは、随分と「分離・制限」について探求を深めてきたので、そろそろ光へと帰るための次の目的地に移動してはどうですか?と、私たちがこの世界にやってきた時に、前もって設定しておいたウェイクアップ・コール(目覚ましコール)なのです。

それが、今、世界を包み込んで鳴り響いているという訳なんですね。

これによって、分離と制限の学びを終えて、やっとこの世界から抜け出せると一目散に駆け出しているスピリチュアルな人々もいれば、すっかりとネガティブの探求にはまり込んでしまい、ネガティブを極めようとするあまり目覚まし時計に気付かない人々もいます。

つまり、ここからわかってもらいたいことは、私たちは「優劣」によって区別される存在ではないと言う事です。アセンションをする人が優れていて、ネガティブに捉われた人々が劣っているということでは全然ないのです。

それはただ、私達個々の存在が、何を学ぶ事を欲しているかの違いでしかないということなのです。

自分が劣っているからアセンション出来ないかも知れないと脅えている人は、魂の視点において、まだそうした仕組みが理解出来ておらずに、分離に関する学びをもう少し欲しているという事かも知れませんね。

自分が劣っていると言うのは、私たちが探求してきた「分離・制限」というものの特長であり、まだそこから卒業できていないという事なのです。しかし、そこから卒業しようと模索しているところなのですね。

そして、真剣にそうした模索を続ける人々には、必ずそのヒントあるいは答えが引き寄せられてくるのです。波動が同調して引き寄せられてくるのです。

これは偶然とか奇跡とか言う非科学的な迷信ではなくて、単なる波動に基づくエネルギー的物理現象なのです。

この無限の多次元世界は、その本質において実に単純シンプルなシステムによって成り立っているんですね。そうでなければ、世界を維持することは出来ないのです。

その証拠に、私たちの生きてきたこの物理世界は、より良くしようとして複雑に複雑にシステムを構築してきた結果、自ら機能不全を起こして、まさに今、崩壊を始めています。

私たちは、落ちこぼれのお面をかぶった、勇敢な光の冒険者なのだという事に気付いてください。ウェイクアップ・コールはもうずっと鳴り続けていますよ。