バーター取引
これまで金融の世界を支配してきたのは、アメリカの皮をかぶった支配者たちでした。
現在、そのシステムが崩壊を始めるという事で、各国はそれぞれに独自の新システムへの移行を進めています。
例えば、日銀のマイナス金利導入など、これまでの金融システムの枠の中ではあり得ない政策であり、これは、新しいシステムへの移行を見据えた上での政策であると考えることが出来ます。
さらに、各国は仮想通貨・電子マネーなどの規制を緩め、その可能性も模索し始めています。
つまり、政府の力でより「管理・コントロール」しやすい方向へと向かっているのです。
そこに込められている意図は、必ずしも全てが悪意あるものではないとしても、コントロールを強めることで困難を乗り越えようとするこれまでの手法は、うまくいかない世界に既に私たちは足を踏み入れているのです。
こうした動きは、これまで支配者たちのより支配力の強く及んだ日米欧において、表れて来ています。
一方で、それと対峙してきた、ロシアや中国においては、そうした流れとは一線を画した方向性を模索し始めています。
特にロシアは、金融をより高度化しようとしている日米欧に対して、逆に金融を排除しようとする動きを見せ始めています。
ロシアは、国家間の取引において、バーター取引(物々交換)を進めているようです。
ただ、中国や欧州はあまりにも社会の現状が悪すぎるために、そうした政策も混乱の中に飲み込まれていく可能性が高いと思われます。
アメリカは多様性を持った国であり、これがダメならこれと言うように、様々な代替案をもって困難に挑んでいく可能性があります。
日本はほぼ単一民族国家であり、基本的価値観を共有した団結力があります。
そして、ロシアはいち早く支配者からの離脱を始めて育ててきたこれまでの地盤を持っています。
だから、どの国が安全でどの国が危ないという訳ではありませんが、ロシアはもちろん困難な状況にありながらも、相対的にかなりの可能性も秘めた位置にいるのかも知れません。
日本とアメリカは、そうした問題とは別に、自然災害という大きなリスク要因を抱えており、それがどこで炸裂するかという不安があります。
ただ、ただですが、こうした状況を把握していく一方で、これに囚われることは、それに縛られた現実を引き寄せることにもなっていくと言うことを理解する必要があります。
本質的に大切なのは、状況がどうあるかではなく、自分がどうあるかなのです。
主体はあくまでも「自己」にあるのだという事を理解した上で、社会情勢を眺めていく必要があります。
物質世界の現象に囚われてそれに翻弄されるのではなく、物質世界から一歩はなれた精神世界に主体を置き、そこから物質世界を眺めていくような感じで良いのだと思います。