アセンションの時代

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アセンションに見る地域性

私達は現在、地球人としてアセンションを進めていますが、各個人がそれぞれの日常の中で、異なった過程を経てそれを進めているように、各国や地域によっても、それぞれに異なった傾向をもって進められています。

例えば、アメリカはネガティブな力を持った者達が、世界を支配するための拠点として利用されてきた国です。

この国の人々、特に若者達はそうしたネガティブな支配体制に、心底失望をする事で、そうした世界に背を向け始めています。

彼らは、調和的な流れを牽引するサンダース氏を熱烈に支持してきましたが、ヒラリー氏・トランプ氏に候補が絞られた事により、投票そのものに背を向け始めています。


彼らは、その恐ろしく間違った現実に気付き、それを自覚できるところにまで覚醒を進めてきているのです。

また、ロシアは早い時期からイルミナティの存在を指摘しその支配を暴露したり、軍事的・経済的にも、対(アメリカを操る)イルミナティの対策を着々と進めて来ました。


ロシアでは、UFOの存在なども含めて、そうした情報公開が進められて来た事によって、ある程度の国民達が、その実態を理解している状況にあると思われます。

そのために、クリミア半島ウクライナ問題に絡む、西側諸国の経済制裁による不況下にも関わらず、圧倒的なプーチン大統領の支持率に繋がっているのです。

ロシアは今、イルミナティに対して、強大な軍事力と核戦争への覚悟を見せ付ける事で、イルミナティの暴発を押さえ込もうとしています。


ヨーロッパは、相当に難しい事態に陥ってしまっていると言えるかも知れません。イルミナティアメリカを通して世界を支配して来ましたが、もともとのお膝元がヨーロッパであり、かなり難しい状況になってしまっています。

中国は結局、ヨーロッパに支配されたアヘン戦争の時代の流れから抜け出す事は出来なかったようですね。力による国内統治に頼った結末が、表れ始めています。

情報を公開し、国内をまとめあげたロシアと、それが出来なかった中国は、とても対照的であると言えます。

さて、日本はどうでしょうか。

日本は、戦後、アメリカの支配下にあったためにイルミナティ支配下でコントロールされていました。

それは100%完全にという訳ではなく、日本にも日本独自の支配層がいる訳ですが、それでも基本的にイルミナティの支配を受けて来ました。

現時点でも、日本は欧米との比較においては、のんびりとしたところがあります。

日本と言う国は、「人と同じである事を好む」国民性を持っているために、一度火がつくと一致団結して突き進むものの、その分、なかなか火が付きにくいという国民性を持っているのかも知れません。

もともと、日本は欧米に比べて、「調和」的な要素を強く持っている国です。

欧米が、自然を切り開いて人工的に開発する事に価値を見出すのに対し、日本人は自然を取り込みうまく調和する事に価値を見出します。

例えば、庭園でも、欧米はカチッカチッと機械的に庭木を剪定する傾向がありますが、日本庭園では、その木の持つ性質を活かして、周囲と調和する形に剪定する傾向があります。

また、テーマパークやホテルなどで「岩」で作られている施設があったとします。

それが模造品だと気付いたとき、日本人は「なんだ、偽物か。」とガッカリしますが、欧米の人は「素晴らしい、まるで本物のようだ。」と感嘆する傾向もあるようです。もちろん、大雑把な傾向としての話で、みんながそうだと言う意味ではありませんが。

日本は、ずっと他の選手の後ろを走りながら、ラストスパートにはロケットダッシュを持っている感じですね。瀬古選手みたいに。(笑・古い?)

そのロケットダッシュを引き出すために、日本は2020年前後には国体が崩壊する程の混乱に見舞われるのだと言われています。

例えば、首都直下型地震、東海・東南海・南海地震、富士山噴火などはいずれが起きてもそうなる可能性が高いと言えます。

他にも、熊本での地震以降、阿蘇山の噴火なども含めて、中央構造線上での地震などが増えており、自然災害が引き金を引く可能性は高いのかも知れませんね。

今日は、いつもとは少し異なった切り口から記事を書きましたが、こうした情報も参考に頭にいれ変化を実感しながら、「自己の内面の覚醒」を確実に進めて行く事に意識を集中していくと良いと思います。

私がこうした具体的な変化をあまり取り上げないのは、こうした事に意識を向けだすと、それに囚われてしまい、本末転倒の状態に陥りやすいからなのです。

アセンションは昨日の記事にも書いたように、あくまでも、内面的な変化(覚醒)によって引き起こされる個人的なイベントです。

ところが、外の出来事に意識を向け始めると、内面的なスピリチュアル的覚醒がおざなりになり、外面的な出来事やその予言などに取り付かれて、アセンションを意識しながらも、まるでおかしな方向へと向かっていってしまうのです。

1つの視点として、今日は外側に意識を向けて状況把握をしてみましたが、くれぐれもそれに囚われないように、「主体」を自分に置くように心がけていただけると良いのではないかと思います。



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