アセンションの時代

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何とか間に合いそうかなぁ

先日の外壁塗装の問題についてなのですが、どうもそれは単独のテーマを持ったものではなく、その前後にも繰り返されている人間関係上の引っかかりとも1つの大きなテーマを持って経験の中に表れて来ているようです。

以前にも書きましたが、最近はそのように1つのテーマを持って、立て続けに経験が畳み掛けてくると言う事が良く在ります。

問題をクリアすると、それで、ピタリとそうした経験が止みます。それは、そうした出来事が起きなくなると言う外面的な事でもありますし、そうした問題を感じなくなると言う内面的なものでもあるのかも知れません。

今回は、自分の世界観を外側を主体としたものから、内側を主体としたものへの切り替えを、ハッキリとさせる事にあったように感じており、それでクリアされたように感じていたのですが、どうもスッキリしない事が続いたりして、間違ってはいないけれど、まだ完了していないという思いがまとわり付いていました。

例えば、トラブル的なものとしては、外壁塗装の問題が1つ大きくあったのですが、それ以外の諸々も、一体的に1つのテーマを抱えてやってきているように感じていました。

そのテーマは、「共感」にあったようです。私は、「共感」を諦めている一方で、「共感」に高い価値を置いているところがあります。

今回のテーマは、外から内へと言う流れの仕上げとして、「共感」をどう位置づけるのか?と言うのが一番の本質にあったような気がします。

共感と言うのは、自分と相手が同じ思い等を共有する事だと言えると思うのですが、結局それは、相手のあり方が自分に合うかどうかと言うように、相手のあり方(思い・考え)が鍵を握る事になるのです。

最近の出来事で、立て続けに感じているのは、「共感」する事の難しさなのです。

自分と他人との間に、とても大きな思想の乖離を感じるのです。それは、こちらの思想を説明したからと言って簡単に歩み寄れるような距離に無いのです。(どちらが良い悪いと言う問題ではなく、単純に距離が大きく離れていると言う事です。)

最近、立て続けに感じてきたことと言うのは、自分の考えを相手に説明しそれを共有する事は、限られた時間の中では、限りなく不可能に近いと言う事です。

1つの理解を共有しようと思って自分の考えを説明しても、それを伝えるために、いくつもの前提となる考え方を説明する必要があり、単にその場の会話の中で伝えきる事は不可能なのです。

余程、自分と近い世界観を持っている人であれば、そんなこともないのでしょうが、そうした人は、現実的に自分の周囲にはいない、あるいはいても気付けていないんですね。

それでも「共感」にこれまでと同じような対応・姿勢を置いていくべきかどうかと言う確認が、今回のテーマとしてやってきているのだと思います。

そこにテーマがあると気付いて出した結論は、「共感は求めるものではない」と言う考えです。

共感を求める事は、結局、相手にあり方を押し付ける(外をコントロールしようとする)事になります。共感する事の価値を下げる訳ではないのですが、それは、求めるものではなく、結果としてそれを得られればなお良い経験となると言うくらいの位置づけにしておくのが良いような気がします。

しかし、これまでは、「共感」に憧れ、それを求めたいと言う思いがあったために、相手にそれを期待し、自分と周囲の思想の乖離に失望する事が、ここのところ繰り返されていたのです。

相手に求めていた部分を、より自分の内面の在り方へと意識を向けていく必要があるように感じます。

ちょっと、その辺の事に関連して、自分の中で色々とその周囲の価値観・世界観が位置を調整するためにゴソゴソと動いているような状態にあります。

問題を解くときに、あと少しのところまで来て、引っかかっていたところが解決したら、後はゴールまでパタパタッと駆け込んでいけるような時がありますよね。

何となく、今、その最後の引っ掛かりが解決に向かっているような感じです。(まあ、そうした思いは、何度も繰り返されがちになるものですが(笑)。)

今、「共感」の位置づけを修正した事で、関連するその周囲の位置づけも少しずらし続けて、結局は全体を修正しているような感じです。

これで、「主体を外(3次元)から内(5次元)へ」と言う、長らく取り組んできたテーマが、1つの大きな節目にたどり着けそうな気がしています。

ただ、その位置づけの修正は、思っているよりさらに大きく全体に広がりそうな感じもあり、根本的に一度全てを組み直すようなことになって来るような可能性も感じています。

いずれにしても、これで世界を自分の内に綺麗に収めることが出来るのではないかと、ちょっと手ごたえを感じて、楽しみにしています。

それと歩を一にして、エネルギー感覚においても、経験世界が自分のエネルギーの内に納まり始めており、これでようやく間に合いそうな目途が立ってきたかなと、何かボ~ッとそんな事を感じたりもしています。

諸々の配置転換が済めば、これまでずっと知りたかった事の、答えでないまでも、これまでとは違った1つの理解を思い出せそうで、取りあえず今はそれが嬉しいです。

話は変わるのですが、電子書籍アセンションの時代」の表紙、変わんないですねぇ。もう、変わるはずなんだけれどなぁ。もう1回、手続きをしなおした方がいいのかなぁ。



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