アセンションの時代

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苦しみの中にいる時

花は咲く。。。さんに頂いたコメントから、少し考えて見たいと思います。

スピリチュアルな世界では、「感謝」と言うのは全てに当てはまるものであり、それによってポジティブな現実が創造されることになると言われています。

しかし、世界には悲劇的な現実が溢れており、実際にその渦中にある状態では、いったいそうした現実の何に感謝する事が出来るだろうかと、本当に分らなくなってしまうと思います。

それについて、今日は少し書いてみたいと思います。

まず、これまでの私達にとってはそれが普通なのですが、「3次元世界の肉体的な自分」と言う、この物質的幻想世界のキャラクターになりきっている状態では、なかなかそうした苦しみの中に感謝を見つけ出す事は困難であると思います。

しかし、実際には私達は魂としての存在で、この物質的現実の中に、スピリチュアル的な「学び(目覚めの機会)」を求めてやって来ていると言う事です。

つまり、必ずしも人生の目的は、「幸せ」にある訳ではないのです。「幸せ」に向かうための「学び」に目的があるんですね。

もちろん、幸せまで辿り着ければより良いことは言うまでもありませんが、その魂が持っているカルマ(クリアすべき課題)を解消するために、繰り返し転生する中で、時にはまるまる苦悩に満ちた人生に行き当たる事もあるのです。

それは、1回の人生が綺麗に白紙から始まり、その人生の中でハッピーエンドを迎えて完結させると言うものではなく、はじめから大きな課題を背負った状態で始まる事もあり、その人生が終わるまでそれが続くこともあると言う事です。

その時、その人生のキャラクターになりきっていると、たまったものではないですよね。

しかし、魂の視点から見れば、そうした全ての経験にもキチンと意味があるのです。自らの魂の覚醒・目覚めのためと言う。

そして、永遠の存在である魂からしてみれば、1回の人生を苦しむ事は、永遠の中の一瞬の様な経験でもあるのです。

私達は絶叫するようなジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入ったり、ホラー映画を見たりしますよね。自らすすんで。

それは、その経験が一時的な幻想であり、そこから抜け出せばもとの現実があると言う事を知っているから、あえて一時的なスリルを求めてそんな事をしているのです。

この人生も同じ事です。私達の本質である魂は、永遠の存在であり、一時的にこの物質的幻想世界でスリルを味わって怖い思いをしても、そこから出てこれば、また永遠の存在としての現実があり、より拡大した自分を経験するために、スピリチュアル的な目覚め・覚醒を求めずにはいられないのです。

お化け屋敷の中にいる時、それを現実だと信じ込んでいれば、楽しむ事など出来ないし感謝など出来るわけがないですよね。しかし、自ら目的を持ってそこに入ってきたのだと言う現実を思い出せば、それを楽しむ事も出来ますし、感謝する事も出来るのです。

スピリチュアル的な覚醒・目覚めと言うのは、より拡大した自己を経験し始めると言う事でもあります。つまり、これまで3次元物質世界のキャラクターになりきってその視点しか持っていなかったのですが、より拡大した魂としての自分による視点を思い出し始めれば、同じことを経験していても、その経験は本質から意味を変えていく事になるのです。

すると、何にでも感謝が出来ると言う事なんですね。

どんなに辛い現実であっても、それは魂としての自分が承知した上で、お化け屋敷(3次元世界)の中で引き寄せられている現実だと言う事なのです。

私達は、こんな辛い現実には2度と来ない!と思いたくなる時もありますよね。しかし、そう思いながらも、何度もこうした現実の中に舞い戻ってきているんですね。自らの魂の意思によって。

なぜなら、魂は「永遠」の存在だからです。そして、より拡大した自己を経験したがっているのです。

お腹が空けば食べたくなるように、魂は常に拡大した自己へと向かいたくなる見たいですね。それが、より楽しく興味深くワクワク充実した経験であるからなのでしょうね。良かれ悪かれ、実際に永遠に存在している以上、立ち止まっていてもしょうがないですもんね。

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エネルギー感覚が大きく切り替わった気がします。ただ、それを繰り返し書き続けても、くどくなって行くだけの様な気がしますので、あまり書きませんが、ますます大きく変化し続けている事だけは、間違いないと思います。



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