アセンションの時代

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持ち込んだ「初期設定」

私達は自らの波動を、目の前の「経験世界」と言う形で体験しています。

そこに映し出される現実は、自分自身(の波動)を地球的な表現によって映し出したものであり、それによって自分とは何者であるのかと言う事を経験しているのです。

従って、どんなに納得のいかない経験であっても、それによって自分自身の一側面を経験しているのだという事になります。

ただ、ただ、ただ・・・。そこでの「自分」とは何なのかと言う事を理解しておく必要もあるのかも知れません。

それは、大きくは「魂としての自分」であると言えるのですが、そこにはこの物質世界にやって来た時に前もって設定された、「肉体的な自分としての初期設定」があるのです。

そして、その初期設定から、そうした経験の創造がスタートされています。つまり、そこには魂としての成長を促すために、必要な学びを引き寄せられるような設定が施されていると言う事です。

それは、家庭環境的な問題かも知れませんし、身体的な問題かも知れません。あるいは、精神的なものである事もあるかも知れません。そうした中には、特に大きな設定としてのカルマと言われるものに関連したものもある事でしょう。

スピリチュアルな目覚めと言うのは、そうして引き寄せられる困難(学びの機会)を乗り越える事で、肉体的な自分としての初期設定を乗り越る事で、魂としての自分を成長させ、そこから更なる目覚めを加速させて行くと言うことなのです。

基本的に私達は、肉体的な自分として持ち込んだ初期設定を乗り越えるために、日常的な様々な現実の中で同じような問題の繰り返しを経験しています。

しかし、これまでの私達は基本的に「自分以外の人や環境に責任を押し付けて」怒ってみたり、文句を言って見たりと言う事で、初期設定の中で引き寄せられて来る同じ学びの繰り返しの中に囚われる傾向を持っていたのです。

そうした同じ学びの繰り返しから抜け出し、自分自身を成長させる事で初期設定を乗り越えて行こうと言う試みが、こうしたスピリチュアル的な学びであると言えます。

スピリチュアル的な目覚めが進んでいない状態では、場所や年齢、立場等の経験環境を変えながらも、人生を通じて同じ問題(学びの機会)を延々とリメイクし続ける事になり、実際その繰り返しの中で人生を終えて行くと言う事はよくある話なのです。

しかし、スピリチュアル的な目覚めを進める事が出来れば、その先を進むほどに、そうした問題(ネガティブ)から開放され、前向き(ポジティブ)なテーマによる学びの機会が増えて行く事になります。

肉体的な自分として持ち込んだ初期設定を乗り越えた、より大きな私達と言うのは、とてもポジティブでワクワクと経験を想像して行くことの出来る、本当の(目覚めた)自分だと言うことなのです。



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