アセンションの時代

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「ある」に気づき、意識を集中する

「ないもの」に意識を向け言い訳にするのは論外ですが、人の生き方には「ないものを改善する」生き方と、「あるものを伸ばす」生き方とがあると思います。
 
ここでいう「ある」「ない」というのは、物でも才能・性格などでも当てはまります。
 
欠点を無くすというのは必要なことでもあると思いますが、生き方の基本的なところにそうした方向性を据えるとなるとどうなのでしょうか?
 
それは、常に「ないもの」に意識を集中して生きる人生を選択するという事になってしまいます。それはワクワクと心躍る日常ではありません。
 
私たち人間は、「ある」という事を経験するために、信じられないほどに多くの「ない」という環境を選択して生まれてきました。全てが「ある」環境では、それを「ある」として経験できないのです。「ない」という環境の中に「ある」から、「ある」という経験ができるのです。
 
お判りでしょうか?私たちは「ある」という経験をすることを目的として、「ない」という手段を選択しているのです。
 
手段にとらわれる必要はなく柔軟に対応すれば良いと思います。いくらなんでも自分として「無さすぎる」という事に気づけば、それを「ある」に改善するのは良いことだと思います。
 
しかし、人生全体としての大きな流れの目的としては、「ある」を経験することにあるのです。それこそが理にかなった生き方であり、ワクワクと心躍る人生への道だと思うのです。
 
第一に私たちは「ある」んですね。つまり、この瞬間この場所に、私たち(私)は紛れもなく存在しているんです。これはかなり凄いことなんですね。まあ、それは置いておいても、私たちにはたくさんのものがあるのです。
 
それらをいかに利用して、この世界(環境)を味わい尽くすかという事が大切なのです。
 
「ない」に集中すれば、それが精神的なものであれば落ち込み、物的なものであれば場合によってはその原因を外に見つけ出して不満を抱き、分離へと向かう可能性が生まれます。そもそもが、「ない」という思い自体がすでに分離を内包しているのです。
 
しかし、「ある」に集中すれば、ワクワクと積極性が生まれるかもしれません。様々なものに感謝の気持ちも湧き上がるでしょう。「ある」という思いには調和が内包されているのです。
 
分離と調和。それは「これまでのネガティブな世界」と「これからのポジティブな世界」に他なりません。
 
「ない」を知り、「ある」ことに意識を集中すると、大変化が起きます!
 
それはどんな大変化だと思いますか?
 
それは、すでに自分の中に「ある」ものに『気づく』という大変化です。
 
「気づく」のです。
 
「あれもない」「これもない」、だから出来ない。と思っていたとしても実は、だけど「あれならある」「これならあった」と気づくことが出来るのです。
 
他の人のやり方や、常識だと勝手に思い込んでいたやり方に当てはめて、自分には「ない」と思います。
 
それで落ち込んでおしまし。これでは人生が面白いはずがありません。
 
「ない」から、それを「ある」ように努力しよう。そうすれば、成功した人の真似ができる。これが主に私たちの教えられてきた生き方ではないでしょうか?「これが成功です」「これが成功のための方法です」「これが必要です」。
 
すでに確立されている、物の生産工場で製品を完成させるためにはそれで良いのかもしれません。
 
しかし、心の支配する世界にそれを当てはめるのはどうなのでしょうか?
 
「ある」人を意識して、「ない」自分がそれを補うために苦闘する人生がワクワクするものとなるでしょうか?それでも心が他との比較ではなく、自らの成長へと向けられていればワクワクも生まれるでしょうが、それでもより深く考えてみるのなら、やはりそういう方向性自体にネガティブなものが含まれてしまいやすい性質があると思います。
 
ただ、欠点を直すこと自体が悪いと言っているわけではないので誤解なくお願いします。それを人生という大きな流れの中心に据えるという事について、問題を提示しているまでです。
 
ではどうすればより良いのか。よりワクワクと充実してポジティブな人生を味わうことができるのか?
 
そこで、「あるもの」に気づくことが大切になるのだと思うのです。
 
成功した人は、その人なりの「あるもの」」を持っており、それを活用して成功した。しかし、私にはその人と同じものはない。だけど、私にはこれが「ある」のだと気づき、では私の場合はそれをどう活用したら成功できるだろうかと、そこへ力を注ぐときに人生は光を放つと思うのです。
 
それが自分が存在していることへの最大の敬意になると思うのです。自分には無いという事を否定して、他人のようになろうとする努力で人生が光を放つことはありません。その時に感じる光は、本当の力強い命の輝きではないと思うのです。
 
自分の存在に対して敬意を表し、自分という環境を最大限に活かしていく努力を心掛けてみたいと思っています。
 
自分を否定して、他人の真似をし、それで自分が幸せになれるはずなどないのです。
 
最後に一つ。「ある」に気づくために必要なのは、「ない」を知ることだと思います。(笑)
世界の仕組みは、オモシロいですね。