アセンションの時代

2019年4月以降の主な更新はhttps://sunamibaku.blogspot.com/へ移転してます。

「時間」そしてパラダイムシフト

内緒さんに、頂いたテーマで書いてみたいと思います。

「時間に対する感覚変化を感じ始めており、面白い半面で、訳のわからない疲れを覚える」というような事についての見解、という感じで書いて見ます。

私もそれらについては、同じような事を感じています。

内緒さんの自覚の中では、まず「時間」に対してそうした思いが湧き上がってきたようですが、これは根本的には、「時間」というものに限って起こる感覚変化ではないと思います。

私はこれまでにも、「パラダイムシフト」がいかに重要であるかを度々記事にして来ました。

そして、パラダイムシフトには、日常社会の出来事に対する認識(例えば、金融システムがいかに搾取的なシステムであるかや、マスコミが人々の波動を押さえ込む情報ばかりを垂れ流しているなど。)から、多次元的な世界観(次元や波動に基づく多次元的な世界観)に至るまで、様々なレベルでのパラダイムシフトが起ころうとしています。

つまり、「日常社会」の認識におけるパラダイムシフトと、「次元世界」の認識におけるパラダイムシフトがあるという事です。

さらに別の視点から細分化すると、「思考」におけるシフトと「感覚」におけるシフトがあります。

内緒さんが感じられているのは、上記で言うと「次元世界」と「感覚」の組み合わせであり、パラダイムシフトにおける「多次元世界への移行を感覚で捉え始めている」という事になると思います。

それはつまり、アセンションを自分の感覚の中に捉え始めているという事も出来ると思います。

アセンションとは、緩やかな波動上昇の中に量子飛躍のような急激な波動上昇があるというように、かなり大雑把に言えば2種類の波動上昇過程があるようです。

その緩やかな波動上昇を感覚的に捉え始めたということだと思います。

この時に問題となってくるものとして、「訳のわからない疲れ」あるいは「漠然とした不安」と言ったものが深いところから湧き上がってくることがあります。

私たちはこれまで3次元の密閉された世界で、3次元のパラダイム(常識)に従って生きて来ました。例えば時間について言えば、時間は直線的に流れており、過去・現在・未来と移行してゆくというように。

これは、私たちの奥深くにまで染み付いた概念であり、疑う余地すらないほどに私たちが常識として受け入れてきた事なんですね。

しかし、アセンションする過程では、こうした3次元世界限定の概念を次々と手放して行かなければ、私たちは新しい多次元的な概念を受け入れその手に掴む事は出来ないのです。

しかし、私たちがその存在の前提となるというくらいに思い込んできた、古く慣れ親しんだ概念を手放す時、マインドや本能が不安を掻き立てるのです。

マインドや本能の役割と言うのは、3次元世界の中での生き残りを前提としていますから、「変化」をとても怖れるんですね。しかし、多次元的な世界へと歩を進めるためには避けて通れない道なのです。

こうした変化と言うのは「時間」に限らず、今後、あらゆる概念に渡って起こり始めます。

例えば、「お金」「仕事」「人間関係」や、「時間」「空間」「多次元」「多次元存在(宇宙人や神等)」など。そして、当たり前と思っていたパラダイムがシフトする時ほど、私たちは疲れ・動揺・不安を感じることになります。

例えば「お金」や「仕事」については、「恐怖」さえ伴うかも知れませんね。3次元での生存には、最重要テーマとなりますから、マインド・本能が黙ってはいないでしょう。

しかし、そうしたものを手放さなくてはならないんですね。

アセンション後の世界を想像してみてください。そうしたパラダイムがそこへ入る余地は無いんですね。

高次元の存在たちは、それをただ「手放して」くださいと言います。

なぜなら、手放せばその空いた手に新しい概念が握られるからです。しかし、多くの人は簡単にはそれを手放す事が出来ないのです。

それは、新しい概念を受け入れる事が出来ないからです。だから、これ(古い概念)を手放してしまったら、生き残っていけないと恐怖を感じるのです。

しかし、答えは既に決まっているのです。

単純に古いものを手放し、新しいものを掴めば良いのです。

それを実践するために、どれだけの恐怖や不安を感じるかという事は、各自がどれだけ分離の世界に浸かってきたかを理解し、調和の世界を求めているかにかかっています。

まったく恐怖も不安も感じない。

それが、一番簡単なパラダイムシフトの方法なのですが、そのためには内面の準備が充分に出来ていなければならないという事でしょう。

そして、それが出来ていれば、集団的な社会要因や自然要因による出来事によってシフトするのではなく、個別要因によって既に移行を始めているはずです。

内緒さんのように。ねっ♪

・・・、あれ?テーマがそれて行っちゃったかな?

最後にテーマを引き戻してしめます。

内緒さんは、時間の伸び縮みを感じるという事でしたが、実在するのは「時間ではなく変化」だという事を感覚的に捉え始めたからだと思います。

時間と言うのは、変化をはかるために人間が独自に考え出した概念でしかないんですね。そもそも、時間と言うものは存在しないのです。

しかし、時間が無いからと言って全てが止まってしまうわけではありません。

時間は無くても「変化」は、あるのです。宇宙の真理として、「変化」が無くなる事はありえないのです。

私たちは、時間と言う概念を主として、そこに変化を落とし込んで理解して来ました。しかし、実際には変化こそが主であり、時間はせいぜい従というか、そもそも時間は無いんですね。

従って、その真理に立ち返り、変化を主として感じ始めると、その変化に時間のほうが合わせているような感覚が出てきます。

つまり、時間が伸びたり縮んだり感じるようになってくるのです。そして、それが普通になってきて、やがては時間には意味がなくなっていくと思います。

そうした感覚の変化は、前にも書いたように、「空間」に対しても同様に起こり始めますし、「仕事」や「お金」「人間関係」等々にも起こり始めます。

ただ、それはその人のペースで起こっていくという事も理解しなければなりません。

ついて行けるか行けないかなどと心配するような事ではないのです。すべては各自のペース以外では起こり様が無いのですから。
 
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